毎週のように新しいAIツールが市場に登場し、企業が抱える課題をまさに解決するとアピールしています。そしてあらゆる企業が、一刻も早くAIを導入したいと考えています。
Oktaのテクノロジー、データ、AIインテリジェンスの交差点に身を置く担当者として、私はそのプレッシャーを痛感しています。IT部門は「ノーと言う部署」に陥りやすく、難しい立場にあります。しかし、強固な基盤なしにこのテクノロジーの活用を急ぐと、システムの断片化、セキュリティリスク、そしてコストの爆発的な増大を招くことを学びました。これは、私たちが長年ITの現場で直面してきた課題と何ら変わりません。
こうしたリスクの大きさを踏まえ、業界の同業者やお客様からは「自社内でどのようにAIを展開しているのか」と頻繁に尋ねられます。私たちの取り組みは、自社製品を自ら最初に導入する「一番目のお客様(カスタマーゼロ)」になることから始まりました。
カスタマーゼロになるということは、自社のテクノロジーに対して最も厳しい批評家になることを意味します。エンタープライズ規模で機能を検証し、ボトルネックや課題をエンジニアリングチームへ直接フィードバックすることで、最終的にお客様に届く製品を、実戦で鍛えられ、安全に設計され、現実世界の複雑さに耐えうるものへと仕上げているのです。
多くの企業と同様に、私たちもまだ旅の途中にあります。ですが、この記事では現在の到達点、得られた教訓、そして安全な展開を支えている具体的なステップについて、ありのままにお伝えします。
教訓1:AIエージェントの乱立による自滅を避ける
OktaにAIツールが導入され始めた当初、普及は自然発生的に進み、各チームが特定の課題を解決するためのポイントソリューションを見つけてきました。しかし、あらゆるユースケースに対して個別のカスタムAIエージェントを構築・購入することは、スケールしないことがすぐに明白になりました。
従業員は単一のシステムだけで業務を行っているわけではないため、AIエージェントも同様であるべきです。約1,500あるソフトウェアアプリケーションのあらゆるワークフローに対して分離したAIエージェントを構築し続けていれば、何万ものAIエージェントが乱立することになり、まさに「AIエージェントの乱立による自滅」を招いていたでしょう。
そのため、これ以上断片化させるのではなく、「数は少なくても、より多機能なAIエージェントの方が、バラバラなツールの集まりよりも強力である」という賭けに出ました。こうして誕生したのが、Oktaで構築されたAIエージェントのオーケストレーション層であり、安全なデジタルコワーカープラットフォームである「Okta One」です。
私たちはAI戦略の軸を、まず従業員とお客様という主要なペルソナ(ユーザー像)に置きました。
従業員向けには、Okta Oneプラットフォーム上の最初のデジタルコワーカーとして「Dex」を開発しました。Dexは、IT、人事、出張、経費精算などのサポートを統合するオーケストレーションエージェントであり、システムを横断してすべての従業員の業務負荷を軽減します。例えば、新入社員の最初の1週間を考えてみてください。福利厚生についての質問、特定システムへのアクセス申請、ネットワークへの端末接続、VPNに関する疑問などがあります。従来、従業員は「どこで質問すべきか」を知るためだけに、どのシステムが存在するかをあらかじめ把握しておく必要がありました。Dexは一元的な窓口を提供することで、その負担を取り除きます。
初期の成果は非常に有望です。導入からわずか2週間で従業員の利用率は25%に達し、その後も順調に推移しています。現在までに、Dexは23,500件以上のやり取りに対応しています。
教訓2:デジタルワーカーも人間と同様にセキュリティを保護する
では、複数の異なるシステムにアクセスできるAIエージェントをどのようにガバナンスすればよいでしょうか?私たちは、AIのアイデンティティを人間のアイデンティティと全く同じように扱っています。AIエージェント、そしてそれを利用する人間が、アクセスを許可された情報だけにアクセスし、それ以上には一切アクセスできない状態を目指しています。
具体的には、Dexのようなスーパーエージェントを含むすべてのAIエージェントを、人間と同様に「Okta Universal Directory」に登録しています。AIエージェントが、自身が代理を務める人間以上のアクセス権限をシステムやデータに対して持つべきではありません。ユーザーがログインしてAIエージェントとやり取りするたびに、そのアクセス権限が検証されます。また、静的な認証情報に頼るのではなく、「Secure Token Storage」を活用して、AIエージェントがエコシステム内を安全に移動する際の認証を管理しています。このようなアーキテクチャでDexを構築できたのは、私のチームが「Okta for AI Agents」に早期アクセスできたからです。AIエージェントを正規のアイデンティティとして扱うことで、AIエージェントが「どこにいて」「何にアクセスでき」「何を実行できるのか」を常に把握できます。これこそが、安全なエージェント型企業の設計図となる根本的な問いです。
重要なのは、このアイデンティティのフレームワークが自社の境界を越えて拡張されなければならない点です。私たちはSalesforceやAtlassianなど、他のツール内にネイティブに存在するAIエージェントも使用していますが、すべてのツールにわたってアイデンティティとガバナンスが整合性を保って機能する必要があります。サードパーティ製プラットフォームに固有のAIエージェントであっても、Oktaを使用してそのアイデンティティを中央の統制面に紐付けることで、アクセス権限を厳格に管理し、完全に監査可能な状態を確保しています。これは、Oktaが長年保持してきた「ベンダーに依存せず、相互運用性を維持することで、お客様が特定のプロバイダーにロックインされないようにする」という哲学と一致しており、私は同じ考え方をAIアーキテクチャにも適用しています。
教訓3:ボットを作る前に境界を築く
社内にAIを解き放ち、うまくいくことを祈るだけでは健全な戦略とは言えません。デジタルワーカーを安全かつ持続可能な方法で運用するには、組織はAIエージェントの入力、振る舞い、アクセス権限に対して厳格な境界線を構築する必要があります。能動的なガバナンスと継続的な監視がなければ、エンタープライズAIは急速に不正確で不確実になり、コストも莫大になりかねません。以下が、線引きを行うべきポイントです。
AIエージェントの精度は入力の質に依存する
AIエージェントが正確な回答を安定して返せるレベルまでナレッジベースを整えるには、真剣で持続的な取り組みが必要です。AIは「自信満々に間違える(ハルシネーション)」ことがあります。消費者向けアプリであれば許容できるトレードオフかもしれませんが、企業においては致命的です。例えば、精度が80%しかない報酬管理エージェントなどあり得ません。従業員は、正確な金額が期日通りに支払われると確信できる必要があります。
計算コストの爆発的な増大
トークンは高価です。AIエージェントがモデル呼び出しを行うたびに、目の前のタスクを処理するだけでなく、使わないものも含めて利用可能なツールの全メニューを推論・検討しなければなりません。野放しにすれば、この「ツール税」はAI予算の中で最大のコスト項目になり得ます。
私たちの取り組みは、ツールカタログ全体を公開して後から不正利用を検知するのではなく、システムに接続する時点でAIエージェントに見えるツールを限定することです。アイデンティティ(人間またはAIエージェント)に少数のツール権限しか与えられていない場合、モデルのプロンプトに送られるのもそのセットだけに限定されるべきです。モデルに見えるツールが少なくなれば、消費トークンも減り、万が一問題が発生した際の被害範囲を小さくできるという副次的なメリットもあります。
今後の展望
私たちがOktaで構築してきたものは、今後も進化を続けます。HRプラットフォームに直接ログインすることなくWorkday上の自宅住所を更新できるようにするなど、Dexの機能をさらに拡張してより複雑なオーケストレーションに対応させるとともに、法務ボットや調達ボットといった特定領域に特化したサブエージェントの導入も進めています。
しかし、皆さんに最もお伝えしたいのは「始める前にすべてを解き明かしておく必要はない」ということです。私たちの取り組みの中でも多くの厳しい教訓が得られましたが、私たちは優れたITの土台である「強固なアイデンティティ」「厳格なアクセス制御」「セキュリティへのコミットメント」を頼りに、構築するもの、構築する時期、そして公開するシステムを安全に導いてきました。
もしあなたが会社でAIの導入・有効化を求められている立場なら、目新しいポイントソリューションを片っ端から購入したいという衝動に抗ってください。真に必要なのは「基盤」です。まずアイデンティティとアクセス管理を整理し、より少数で多機能なAIエージェントを選択する姿勢を持ち、避けられない小さな失敗を敗北ではなく「貴重な情報」として受け入れる柔軟性を持つことが大切です。
著者について
ジェナ・クライン(Jenna Cline)
テクノロジー・データ&インテリジェンス担当 SVP
Oktaのテクノロジー、データ、インテリジェンス部門のシニアバイスプレジデントとして、ワークフォーステクノロジーソリューションの創出と拡張を統括。イノベーションと職場における生産性向上の推進者であり、直近では社内における数十のAIツールの導入を主導し、数十万時間分の生産性を削減・創出しました。Okta入社前は、Atlassianにてエンタープライズテクノロジーの責任者として、リモートワークとハイブリッドワークの未来を牽引しました。